COCO PALMのラオス旅行記
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Coco Palm's Travel Report
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NATSUKO in ラオス
 
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Vol. 2  ビエンチャン市内

 ラオスの首都はビエンチャン。渡航前に、タイのチェンマイで話されている方言はラオス語に似ていて、ラオスでも通じる…とか、タイの東北地方の料理であるラープ(ひき肉の香草炒め)、カオ・ニャオ(もち米)、サイ・コーク(ソーセージ)は、ラオスの代表料理でもある…ということをラオス人やラオスを旅行した日本人から聞いていた。だから、当初はチェンマイを小さくしたような都市かと勝手な想像を膨らませていた。

 しかし、その規模は予想を超えてはるかに小さかった。ビエンチャンの市街地は、1辺が2キロメートルの四角形の中にすっぽりと入ってしまうほどだ。歩き回ることに慣れている旅行者なら、1日で歩いてぐるっと一回りできるくらいの規模の小じんまりした町である。暑さと砂埃さえ気にしなければ、車を使わなくても市街地の移動は容易だ。都市というよりは、むしろ町のイメージで、道を歩いていても、往来する車や人影は少ない。ビエンチャン市の人口は約62万人と言われているが、それほどの住民が生活をしているような感じではなかった。


ラオスの国花、チャムパー(プルメリア)の花。国営ラオス航空の機体にもチャムパーの花と葉をイラスト化したシンボルマークが描かれている。「チャムパーの花」というラオスの代表的な歌もあり、また人名にも付けられている。
 他の東南アジアの首都であるバンコク、クアラルンプール、ジャカルタのような高層ビル群はないが、官庁やホテルなどに代表される適度な高さの近代的な建物が立ち並ぶ。そして、その中に伝統的な様式の寺院や昔ながらのこざっぱりした家々が混在している。だが、いずれもきちんと整備されており、雑然とした感じはない。観光客向けのホテルやレストランなどには、フランス風のおしゃれな店もあるし、公園の木々も手入れが行き届いている。また、早朝、店や家の前をほうきで掃除する女性の姿もあちこちに見られ、道にゴミも落ちていない。

 シンガポールは罰金を課すことよって街の美化を奨励している。シンガポールを訪れたマレーシア人に、"How's Singapore?(シンガポールはどう?)" と聞いたら、"Everything is fine.(すべて順調=罰金だよ)"というジョークが返って来るほど、道にゴミを捨てても罰金、トイレの水を流さなくても罰金、庭に水をやらなくても罰金…など罰金の国で有名だ。そこで、なぜこんなにビエンチャンの街がきれいなのか不思議に思い、「仏教の教えの影響なのか?」とラオス人に聞いてみた。そうしたら、政府が、町の景観や住民の服装などの風紀が乱れないように、模範となる町を表彰しているとのこと。市長や町長たちが、自分の名誉のために表彰されたくて、住民を取り締まっているのが理由らしい。

 市街地のメイン通りは舗装されているが、一歩、路地を入ると、赤土色のでこぼこ道になる。市内全体が何となく埃っぽいのは、路地の舗装がなされていないせいだろう。訪れたのは12月なので、天候もよく砂埃に悩まされるだけだが、雨季にはいたるところがぬかるみになって、歩くのは大変だろうと想像される。

 市内にある国立博物館に入ると、ラオスの古代から現代までの歴史を展示してあった。1951年にラオス人民党(現在のラオス人民革命党)を結党し、党議長に就任以来、1992年に死去するまで国家の指導者であったカイソーン・ポムヴィハーンの写真があちこちに掲げられていた。「どこかで見た顔だけど、どこだったかな?」気になりながら、ずっと思い出せずにいた。しかし、博物館を出て食事をした後で気がついた。支払う時になって紙幣を出した瞬間、そこに描かれていた肖像画が、博物館で見た写真と同じ顔だったのだ。「ああ、あの写真はこの人だったんだ」と妙に納得したのだが、ラオス入国後に両替してから、財布を出す度に何気なく目にしていたのである。

 ラオスは、1899年フランスのインドシナ連邦に編入されが、1949年仏連合の枠内での独立。1975年ラオス人民共和国の成立以来、カイソーン人民革命党議長を中心とする指導体制が続いた。1992年11月カイソーン党議長の死去によって、カムタイ・シーパンドーン党議長が指導部の中心となり、1998年から同氏が大統領に就任して、現在の国家主席となっている。このため、結党以来、ラオスの国家主席はカイソーンとカムタイの2人だけということになる。どうりで、博物館には、両氏の写真ばかり展示されていたわけだ。

 現在の首相はブンニャン・ヴォーラチット、副首相兼外相はソムサワート・レンサワットで、一党しかないラオスでは、政治家は全員が人民革命党の党員だ。指導部のメンバーの変動があまりないのは、ラオス政府の特徴と言えるかもしれない。


ラオスの国旗(左)とラオス人民革命党の党旗(右)。官庁には、国旗と党旗が掲げられている。

 2004年11月に日本の小泉純一郎首相も出席したASEAN+3首脳会議がラオスで初めて開催され、それに伴ってビエンチャン市内が急速に整備された。メコン川の中洲にラオス最高層の5つ星ホテルであるドンチャン・パレスが完成し、市内の中心部にあるナンプ(噴水)広場やパトゥーサイ(凱旋門)の周りは公園として整えられた。これらの広場や公園は、昼間は家族連れでにぎわっているが、夜になると、外灯やイルミネーションがともり、若者達のデートスポットになっている。知人のラオス人に「あなたもパトゥーサイでデートしてるの?」と聞いたら、「僕はパトゥーサイには行かないなあ。メコン川のほとりがいいよ」と笑っていたが、娯楽があまりないビエンチャン市民の憩いの場所になっていることは間違いない。

 街をぶらぶら歩いていると、しばしば僧侶に出会う。雨傘を日よけ代わりに差している僧侶や子供の僧侶もいる。元気に歩いている子供の僧侶に声をかけた。"サバイディー(こんにちは)!"そうすると、大きな声で手を振って笑顔で返答してくれた。"サバイディー(こんにちは)!"初対面の外国人に対しても、子供達が元気で挨拶してくれるのがうれしい。まだ小さな子供のうちから基本的な挨拶のマナーをきちんとしつけられているように感じた。ちょっとしたことではあるが、日本で失われつつあるものが、まだラオスにあるような気がした。

 「Vol. 3 ラオス料理」に続く。


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