NATSUKO in ラオス

NATSUKO in Laos
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Vol. 4 ★国境付近、人々との出会いと別れ

 私は、夕食を食べるために、タイ側の町チョーンメックを少し散策してみることにした。レストランらしいレストランはないが、屋台がポツンポツンとあるのが見えた。どれもがオープン軽食屋といった感じで、ワイルドな物が売られていたラオスと比べると、売っているものはこれと言って珍しいものはなかった。

 トボトボと歩いていると、タイ人の男女の若者達6〜7人が何やら道端でバーベキュー・パーティーをしているのに遭遇した。「楽しそうだな〜」と横目で見て素通りしかかった時、その内の一人の男の子が私に声を掛けてきた。「ここに座って、一緒に飲みましょう!」私は遠慮した。あまりに突然のことだったし、「いえ、いいです」と断った。が、しかし、彼らは引き下がろうとしない。「皆で食べたほうが楽しいよ〜!」と他の人たちも誘ってくれるのだ。私は皆のお言葉に甘えることにした。女の子の1人は、飼い始めたばかりの子犬を抱っこしていたのが印象的だった。その女の子の犬に加えて、その辺にいた野良犬もすでに仲良しの犬らしく、犬たちも私たちの仲間に加わって一緒にバーベキューを囲んで食べた。

 この人たちの中には、チョーンメック出身者は誰一人いなかった。親元を離れて、この国境の町に職を求めて来たのだった。皆、こうして時々集まっては、このような飲み会を開き、互いに支えあって暮らしているのだそうだ。私も、今はバンコクに住んでいること、タイの大学で勉強していること、アジアや旅するのが大好きなこと、などなどいろいろなことを話した。彼らは最初から心を開いて、仲間の集いに私のように見ず知らずの旅人を誘ってくれたのだ。私がタイという国が大好きな理由の一つを、ここでは容易に説明できる。楽しい時はまたたく間に過ぎ、私は明朝、早く起きようと思っていたので、そろそろおいとますることにした。皆、本当にありがとう!我がゲストハウスは、バーベキューを開いていた場所から徒歩約3分という激近な場所に位置していた。もう、すでに午前0時近かったので、ゲストハウスに戻ると、家族は皆寝静まっていた。私はこうして静かに床に就くことにした。

 翌朝は朝食探しから始まった。私は、一件の軽食堂に入り、一杯のタイラーメンを注文することにした。そこの軽食堂では、一組の夫婦も客としてラーメンを食べていた。一人でいた国籍不明の私を珍しく思ったのか、その夫婦は私に話しかけてきた。しばらく話をしながら朝食を楽しむことにした。その夫婦はウボンラーチャタニーの出身で、ここチョーンメックにビジネスか何かの用事で来たという。なんと!またしても私はラーメンをご馳走になってしまった。「いいんですよ」と遠慮している私をよそに、おじさんは「がんばってね!」という言葉と共に私のラーメン代を快く払ってくれたのだった。なんとまあ!私はお礼を言うと、その感動を胸に次へと向かった。

  朝のタイ側の国境はかなり活気があった。というのは朝市が開かれていたのだ。私はその様子を見ているだけでもすごく楽しくなって、ついつい市場を一周してしまった。それから、次に私が向かったのは、ラオス側の村だった。国境を越えて、私は再びあのスーパーマリオの女の子が店番をしているお土産屋さんに向かったのだ。

 そこに行く途中、蜂蜜売りのおばさんのところにも立ち寄ってみた。もちろんおばさんは私を覚えていてくれて、いつものように私の腕にしがみついて来た。私が、今日、バンコクに帰ることを伝えると、蜂蜜を指して言うのだった。「まー、まー」私はおばさんに微笑みながら、また帰りに立ち寄るからと、一旦、さよならをした。

 さて、今度こそ、本当にあのスーパーマリオの女の子のところに行った。私が再び訪れると、うれしがってくれた。いろいろ話したいが、言いたいことがはっきりと伝わらない。女の子はラオス語、私はタイ語と、共通の言語ではないからだ。しかし、タイ語とラオス語は似ている。例えば、「こんにちは」などの挨拶をタイ語では「サワッディー」、ラオス語では「サバーイディー」という。タイの中でも東北部ではこのラオス語とほとんど変わらないイサーン語が話されている。

 国境の柵を背にラオスのワンタオ村を望む。

 余談にはなるが、食べ物に関しては、イサーン料理とラオス料理はほとんど変わりない。例えば、タイ東北部の料理で最も有名なのが「ソムタム」というパパイヤサラダだが、ラオス料理ではこの料理のことを「タム・マークフン」と言う。その他にも、牛・豚・鶏などの挽肉にレモン汁を付けて調理する「ラープ」という料理は、タイでもラオスでも同じ呼び名で親しまれている。というわけで、多少の違いがあるのだが、その子のお兄さんがちょっとタイ語を話せるというので少し通訳してもらえることになった。

 女の子は、私が一人で旅をしているというと驚いていた。というのは、その子は村からほとんど外に出たことがないというのだ。私はそれを知って、かなりショックを受けた。彼女はほとんどこの付近の世界しか知らないのだ。私はこれまでもいろいろなところに行って、いろいろな人と話してきた。私の好奇心やもっといろいろなところに行きたい、話したいという野望は大きくなるばかりだった。同じ地球上で同じ時代に私たちは生まれて来ているのだが、こんなにも見ている世界が違うとは……。

 でも、私は考え直した。見る世界が大きかろうが、小さかろうが、私たちの心の大きさや幸せだと思う心は、結局、自分の心の中が決めるのだ。物質も名誉も地位も国籍も何にも関係ない。そういう一番大切なことを、私はいつもアジアの旅で思い知らされるのだ。日常の生活でどんどんその感覚を忘れかけてしまうが、そんな時は、旅で出会ったシンプルな人達のことを思い出して、その心に刻まれた大切な思い出を掘り起こすべきであろう。

 出発の時間は刻一刻と近づいていた。私は、予めチョーンメック発、ウボンラーチャタニー行きのソンテウ(バストラック)の時間を調べておいたので、それに間に合うように出発するために時間が限られていたのだ。住所を交換し、別れ際にその子は私にラオスのシルクでできたスカーフをプレゼントしてくれた。私は、お返しに何もプレゼントできるものがなかったので、遠慮したが、女の子は「もらってくれ」といったジェスチャーで仕切りに私にスカーフを巻きつけてくれた。鏡で見て、「きれいだね」とか色々話していたが、やっぱり「これは受け取れない」と、私。「プレゼントしたい」と、その子。何度も押し問答を繰り返したが、最後には、本当に本当にその気持ちをありがたく思っていただくことにした。

 私は、こうしてラオス国境の村を後に進んで行った。もちろん、蜂蜜売りのおばさんにもあいさつしてからだ(^^)v 私は1泊という限られた時間だったが、ラオスとタイの国境付近ののんびりした独特な空間で、思い出深い出会いがビッシリと詰まったアッという間の貴重な時間を過ごすことができた。大急ぎでソンテウ乗り場へ向かうと、何と!もうソンテウに人々が乗り込んでいた。出発時間を運転手のおじさんに尋ねると、「今、出発するよ」という。「え〜〜〜!おじさん、ちょっと5分くらい待ってくれますか?」そうだ!念のため、次の出発時刻を聞いておこう……。「明日だよ」「……本当に待っていて下さいね!?お願いします!」明後日にバンコクの大学で授業がある私は、何度も念を押しておじさんにそう告げると、ダッシュでゲストハウスに荷物を取りに行った。

 お母さんと子供たちにお礼を言って、さらに猛ダッシュでソンテウ乗り場に戻った。遠目でソンテウが待っていてくれたのがわかった。しかし!「まだ気を抜けない。ソンテウに乗り込むまでは!」とやっとの思いでソンテウに乗り込み、座席を詰めてもらって座った。「はあ、一安心!」とほっとしたが、なかなかソンテウは出発しない。それから10分くらい待っただろうか?私の後から来た2〜3名の乗客を乗せると、ソンテウはゆっくりとチョーンメックの町を後にした。

 「あ〜しみじみ……!」と旅立ちの余韻に浸りたいところだが、私はちょっと息切れ状態。その脳の横で私はこんなことを考えていた……「それにしても、確かにおじさんは、「今すぐ出発!」と言っていたのに……。出発予定の時間より早く出発しようとしていたソンテウには驚いたけど、このおじさんの言っていた「今」の意味が今になってうなづけるな。ここは、タイだもん。しかも首都から15時間くらい優に離れた国境の町。「今」という時間の概念は日本人のそれとは違う。つまり、「今」とは今から30分後くらいまで入るのかもしれない。あるいは、1時間後?言いすぎかな?」……と思いつつ。

 しかし、こんなエピソードも含めて、いつのまにか私の心は「すっごく楽しかった!」と充実感に浸っていた。そして、アジアの風に吹かれ、移り行く景色を見ながらこの旅での良き出会いを心に刻むのだった。


Vol. 1 ★国境越えに初挑戦〜タイからラオスへ
Vol. 2
★ラオス、ワンタオ村での蜂蜜売り
Vol. 3
★国境越え危機一髪!
Vol. 4 ★国境付近、人々の出会いと別れ