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タイの大学で東南アジア学を専攻するNatsukoのバンコクからラオス国境への旅。タイのチョーンメック村からラオスのワンタオ村への国境越えとは?国境付近の人々との出会いは?
Vol. 1 ★国境越えに初挑戦~タイからラオスへ!~
国境ってどんな風になっているんだろう?今まで国境を徒歩で越えたことのない私は、ワクワクしていた。一斉のセッ!ジャーンプという風な具合で、一瞬で国から国へとワープしようという壮大な計画を練っていた。そんな野望を胸に、記念すべき第1回目の国境越えは、2002年6月、タイ-ラオス間であっけなく決行となったのだ。
バンコクのファランポーン駅から、エアコンの付いていない蒸し暑い列車の2等席にさっそうと乗り込む。扇風機だけが力なく回る車内で、ふと隣を見ると、私の席まで身体半分はみだして座ろうとする太ったタイ人に席を陣取られて、暑さ倍増。ほかにすることもなく、すぐに居眠りを決め込むことにした。暑さに耐えながら、東北部へガタゴト揺られること12時間、終点、ウボンラーチャタニー駅に到着した。
予想外に発展しているタイ東北部の主要都市を横目に見ながら、私は更なるのどかさを求めて、タイ側の国境の街、チョーンメックを目指した。途中、バスを乗り継ぎ、アジアの風を思う存分満喫できるソンテウという吹き抜けのトラックバスに揺られ、国境へと一歩一歩近づいていった。国境の街が近づくにつれて、交通量が極端に少なくなり、クネクネとした道路を横転しそうになりながらも、ソンテウは猛スピードで進んで行った。風が顔に直に当たるので、体感スピードは実際のスピード以上だったように思う。
するとその時、予想もしなかった国境警官隊の身分証明書(外国人はパスポート)のチェックポイントに遭遇。「ウワッ!どうしよう……」
当初、ウボンラーチャタニーを観光してすぐに帰ろうと計画していた私は、旅の途中、突然、国境越え計画を企てたため、パスポートはバンコクのアパートに放置したままだったのだ。私の順番が回って来るまで、ハラハラドキドキ。しかし、恐る恐る当時通っていたタイの大学の学生証を提示したところ、あっけなく通過は許可された。あー、ひと安心。こうして国境の街、チョーンメックに無事到着。当時、チョーンメックに2件ほどしかなかった宿を探してリュックサックを置くと、すぐに国境ポイントへと向かった。
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タイ側には、お土産品・食料品・衣類・日用雑貨などなど、いろんな店がひしめいて、活気に満ちていた。「見たいけど、ここは我慢、我慢」
1つ目の鉄格子の柵を通り過ぎ、もう少し歩くと2つ目の鉄格子の柵。「どこが国境なんだろう?」さらに、もう少し歩いてみることにした。パスポートを持参していなかった私は、国境ではパスポートの提示が必要だろうから、係りの人がいたら引き返そうと気楽に考えていた。しかし、どんどん進んで行っても、パスポートをチェックする人の気配すら感じられないし、掲げてありそうなタイとラオスの国旗さえも見あたらなかった。
さすがに少し不安になり、その辺を歩いている欧米人観光客に「ここはどこですか?」と尋ねてみることにした。すると、「ここはラオスだよ。私たちはタイに入りたいんだけど、どこからがタイなの?」と逆に質問されてしまった。「わはは!!!もう国境を越えていたんだ!?それなら、すぐそこがタイですよ」私は国境越えのあっ気なさに思わず一人、笑ってしまった。国境越えがこんなにもたやすく、不法侵入のような形で、自分でも気がつかないうちに実行できてしまっていたとは…。 |

タイとラオスの国境。柵をの向こう側がタイのチョーンメック村で、手前がラオスのワンタオ村。 |
そこで、先ほど通り過ぎた鉄格子の柵のところまで引き返してみると、少し離れたラオス側の端に小さな建物を発見し、そこが入国管理局であることがわかった。どうやら、外国人バックパッカーのように、タイからラオス、もしくはラオスからタイに移動する人は、自主的にその建物に行って手続きをしなければならないようだった。しかし、私のような国境付近の見物客(かなり稀な少数派だとは思うが)は、特に手続きをする必要のないことが判明した。何て寛容なのだろう!
さて、国境付近がどんなところなのか、もう一度よく観察してみることにした。タイ側には物が豊富で活気にあふれていた。しかし、その雰囲気とは打って変わって、2か所目の柵を越えたところから、店に並んでいるものがワイルドな物へと変化していることに気づいた。「すごすぎる…」私はショックを隠し切れなかった。タイとラオスの経済格差を、データとしてではなく、現実として手に取るように目の前に見せ付けられた感じがしたからだ。一体どんな物が売られているんだろう?私は興味津々で、1つ1つの売り物を観察し始めたのだった…。 |